コラムコラム

2007/04/30

なくなってしまったもの

大学生の娘が自分の洋服を縫いたいというので、型紙の載っている本や生地を買いに行った。10年前には売っていた本や生地が驚くほど少なくなっていた。顔に見覚えのある、生地売り場の店員に聞くと、家庭で服を縫う人がほとんどいなくなったのだという。作らなければならないものは小学校で要求される小物くらいだが、ミシンを買うより、出来合いの商品を買うほうが安い、といわれると残念そうだった。最近ではブランド物に価値観をおく人々が多いことも、手作りをしない原因かもしれない。

私は母が作った服を着て育ったので、娘にも小学校のころまでは作ってきた。手作りの洋服を着せるのは誇らしい楽しみだった。こうした親子のふれあいやものづくりの楽しさは途絶える事がないと確信していたが、すでに過去のものになってしまったらしい。

私は長い間、環境教育に携わってきたが、重要なものは理科教育と道徳教育だと思ってきた。しかし、今回の経験でもうひとつ重要な要素に気がついた。物作りの技術である。手を使うことは脳を活性化するそうだが、それ以外にも物作りには色々な効用が考えられる。一緒に行えば、親子の絆を深め、子どもの創意工夫を育める。さらに環境問題に大きな力を持つ。資源を再利用する技術の習得に役立つ。手を使えば、省エネルギーにもなる。資源問題、エネルギー問題への貢献度は大きい。手作りをしない大人が増えることは、環境対策に使える技術を子どもたちに伝えることができなくなる。

日本人への評価として、手先の器用さが指摘されてきた。資源の少ない国だったからこそ、培ってきた能力だと思う。物作りの技術がなくなってしまうのは寂しい。

5月30日

平岡眞智子/ストップ・フロン全国連絡会会員、環境カウンセラー

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