コラムコラム

2007/04/30

哲学博士の環境エッセイ その1

早くも、庭にモウソウチクのたけのこが頭を出した。木々の芽吹きが始まって、春ですね。

僕の哲学では、葉緑素こそ、この世(地上のいのちの世界)の基盤。人類が滅びてもこの世は終わらないけど、葉緑素が滅びたら、この世はおしまい。人類も葉緑素の働きに助けられて生きているのだから、葉緑素のはたらきを見ることが、生きる喜びにつながる。新緑の葉の色は、だから格別のものだと思う。

ところで、花は葉が変化したものだ、ということは、学校で教えられているけれど、それを実感したことのある人は少ないのではないでしょうか。でも、これから新緑の季節になったら、実感する方法があります。自由にできる庭の木がないとむずかしいけれど、少したくさんの葉を集めて、ばけつに押し込むように詰め込むときに、「甘ったるい花のにおい」がぷーんとします。それはもう、体がとろけてしまいそうなにおいです。このにおいをかいだら、花は葉が変化したものだ、ということが、実感できます。

ついでに、最近気づいたこと。ばらの花など、連続してにおいを出しているものが商品化しているので、花はみんな連続してかおりを出していると思っているけど、もしかしたら、違うのではないか、とウメの花を見ていて思いました。いい香りだと思って、鼻を近づけても、何も匂わないことが多いのはそのせいではないでしょうか。花だって、生きているし、連続してにおいを出していたら、かぐ鼻がばかになってしまうので、香りを出すのは、いっときに集中したほうがいいに決まっているのではないでしょうか。においがないところに、においが来ないと、気づくこともなくなってしまいます。我が家のチンチョウゲも、やはり、不連続にかおっているみたいです。部屋の中に切って飾られたチンチョウゲは、30分に一度、かおっていました。だれか調べている人はいるのでしょうか? 生き物の生きる姿は、いろんなことを想像させてくれる無限の宝の箱です。

4月4日

著書:八木雄二著『生態系存在論序説』知泉書館 2004年

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